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仲人さんへ感謝の気持ちを表すために年に一回訪問する

妻と知り合ったのは大学のゼミでした。
偶然、二人のアパートが近かったため、いつしかゼミのあとやコンパの流れで一緒に帰るようになっていったのです。
ゼミの仲間に知られないように付き合いを育んでいたのですが、卒業を待たずに彼女が妊娠をしてしまったのです。
彼女は大学を続けるかどうかで迷いましたが、その時に学生結婚して子供を産んで勉強も続けなさいとアドバイスしてくれたのが、ゼミの教授だったのです。
そしてゼミの教授の仲人で、ささやかながら仲間に祝福される結婚式を挙げることができました。
学生でありながら子供を育て、勉強するのはとても大変でした。
ゼミの仲間や教授の後押しもあって、無事に卒業し、企業に就職することもできました。
その時に生まれた子供も今年で二十歳です。
妻と私は、私たちの人生を後押ししてくれたゼミの教授に感謝を込めて、毎年の夏にお中元を贈り続けました。
教授の仲人で挙式したのが夏だったので、お中元を贈るのはそれなりに意味のあることでした。
初めはほんの気持ちの贈り物でしたが、企業で働き、生活が楽になるにつれて贈り物も少しずつ値が張る物になっていきました。
初めのうちは遠慮していた教授ですが、こちらの気持ちを汲んでくれて黙って受け取ってくれたのです。
そんなわけで日々の忙しさにまぎれながらも、毎年のお中元だけは欠かさず贈ってきました。
15年ぐらいたった時、教授から欠礼の年賀状が届いたのです。
教授の奥様が病気で亡くなっていたのでした。
私と妻は愕然としました。
お世話になった教授が奥様を亡くされて失意のどん底に突き落とされていた時に、私たち夫婦は何も知らず、ただ漫然と年に一回の贈り物を贈るだけで済ませていたのです。
本当に真心があったら、教授の奥様が病気で伏せっていたことも気付いたはずです。
今、教授は大きなお屋敷で独り暮らしをしています。
すでに大学も定年で辞めているので、寂しい生活を送っておられるのです。
そこで今年のお中元は配達してもらうのではなく、私たち家族が持参して、ご挨拶することにしました。
二十歳になった息子も連れて行きました。
私たちの突然の訪問に教授はビックリなさっていましたが、大きくなった息子を見て我が子のように喜んでくれたのです。
贈り物は教授の奥様が大好物だったマスクメロンにしました。
教授はかすかに涙ぐみながら、私たちにお礼を言いました。
帰り際に私は教授に言いました。
来年のお中元もお届けにあがりますので、それまでどうかお元気で、と。

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