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母からの人生最後のプレゼント

私の母は、病気で7年前に亡くなりました。
くも膜下出血で、本当に突然亡くなってしまいました。
母がいて当たり前の生活。
掃除、洗濯、食事など、今までやってもらっていて当たり前の事が家族に女は私1人だったので、全て私にふりかかってきました。
私はその時まだ20代前半。
仕事も12時間の交替制の仕事。
遊びもしたい。
オシャレもしたい。
しかし仕事が終ればすぐに帰り、食事を作り、洗濯をし、休みの日に部屋を全て掃除する。
そんな生活を行っていました。
しかし私も半年ほどで限界がきて、夜も眠れなくなり、家事をしなければならないのに。
仕事にも行かなければならないのに。
身体が動かなくなりました。
心配した家族が病院に連れて行ってくれて、診断を受けたのは鬱病。
当時は今ほど知られてはいなくて、自分が精神病になってしまった。
と激しく落ち込みました。
治療には薬と休養です。
と言われ、会社も休み、家事も兄弟や父がやってくれる事になりました。
家にいる間の私は脱け殻のようになっていました。
今まで忙しく働いて家事をして、糸がプツリと切れてしまったのです。
半年ほど休養しているうちに、身体の調子も良くなり、部屋の掃除などリハビリ程度に動けることはするようになっていました。
それでも外には病院以外は出ず、引きこもり生活をしていました。
そんな時母が亡くなってから、忙しくて開けることもなかった押し入れを整理していました。
押し入れからは私達の小さい頃のアルバムや家族の写真。
母の若い頃の服が出てきました。
そんな中に振り袖が綺麗にしまってありました。
母は私が20歳の時、着物はレンタルしてくれたので、あるのは知りませんでした。
どうして着せなかったのかと思い出したら、母が成人式前に「お母さんの振り袖があるから着るかい」と聞きましたが、私は見てもいないのに「古いのは着たくない」と言って拒んでいました。
他に見つかったのは、母の日記でした。
毎日書いていたようで10冊以上のノートが見つかりました。
それには私が産まれた日の事も書いてあり、「待望の女の子が産まれた。本当に嬉しい。この子が成人する時は私が買った振り袖を着せよう」と書いてありました。
私はその願いを叶えてあげられなかった。
涙が溢れて止まりませんでした。
父にその話をしたら、知っていたようで「今からでも遅くないから、お母さんの振り袖を着て写真を撮らないか」と言われ、私は断る理由もなくむしろそうしたかったので、写真を撮る事にしました。
写真を撮る日、その日は私が病気になってからまともに外に出た日になりました。
母は病気で引きこもっていた私に外に出るようにしてくれたのかもしれません。
それからは積極的に外にも出るようになり、仕事にも復帰出来るようになるまでになりました。
母からのプレゼントは私の病気を治すきっかけになってくれた大事な振り袖です。

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