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新しい友人のプレゼント

中学時代は一般的に思春期のということもあり、何がなくても自分自身と自問自答し、葛藤する時期でしょう。
本当であれば、両親や家族がこの時期の子供の様子を気にかけて、温かく見守るのが一般的なのかもしれません。
もしくは、部活動に励んでいたり、仲の良い友人たちに自分の気持ちを打ち明けることが出来たり、互いに楽しい時間を過ごすことが出来たりできれば上手く、この多感な時期を乗り越えることができるのだろうと思います。
せめて、気持ちの通じる・信頼できる人間が一人でもいたら、子供は深い孤独に陥ることもなく、明るい道へと進んでいけるのではないか、という気がしてならないのです。
大人になった今、私自身のことを振り返ってみると、あの頃の自分が一番忍耐強くもあり、敏感で傷つきやすくもあり、逆三角形のようなぐらついた状態だったような気がします。
幼いころから家庭での雰囲気があまり良くなく、友達を作ることがうまくできない私は、人間関係を築くのがとても苦手な子供でした。
そこを逆手にとられていじめにあうこともしばしば。
家でも学校でも居場所を作ることができず、いつも落ちつかず、自分の居場所を求めて現状に耐えていました。
唯一の希望があるとすれば、自分には未来があったということだけでした。
現実逃避ともとれるかもしれませんが、ここを我慢して乗り切れば、必ず明るい未来が待っている。
きっと、自分にも仲のいい友人ができる・・・そう信じていました。
その根拠のない将来への希望が私をネガディブで暗い道に進むことを唯一踏みとどまらせていてくれたのかもしれません。
そんな毎日が続き、中学生活もあと半年という頃クラスに一人の転入生が入ってきました。
北海道から来たというその女の子は、とても素朴な感じでまさに私の北海道のイメージそのままでした。
休み時間に思い切って声をかけてみると、北海道訛りでご両親の仕事の都合で転校してきたことや、今までいた学校のことなどをシンプルに話してくれました。
まさに「素朴」という言葉が、ぴったりで自分のことを自慢したりよく見せようとするところが一切なく、嫌味や意地悪を嫌うところにすごく好感がもてる子でした。
人見知りの私は、すぐに意気投合とはいきませんでしたが、少しずつ話をするうちに仲良くなりました。
そして、彼女は見た目のおっとりした外見と違い、いじめや意地悪を許さない(黙っていない)、とても勇気のある人でした。
何かあれば両親や先生に相談して解決する、当たり前ではあるにしても我慢が癖になっていた私の目を覚まさせてくれたような行動でした。
そんな彼女との出会いが、私の中学生活の一つ目のプレゼントです。
そしてもうひとつは、私が何気なしに発した「今日は私の誕生日なの」からはじまった心温まるプレゼントです。
誕生日当日に、何かのついでに言った言葉で自分でも意識していませんでした。
もちろん、プレゼントが欲しいなんて思っているはずもありません。
ところが、次の日に「これ・・」といって、こっそり渡してくれたのは小さくかわいらしい包みでした。
家に帰って開けてみると、ハンカチと手紙が入っていました。
彼女らしい動物柄のハンカチと、彼女らしい文章に思わす胸が温かくなりました。
他人から自分のことを祝ってもらいたいなどと、思ったことはありません。
今でもそうです。
でも「祝ってくれる人がいる」ということは、とても幸せなことであり、人を温かく・優しくしてくれるものなんだと初めてその時に感じたことを今でも忘れることができません。

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