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私の忘れられないプレゼント体験

私の忘れる事のできないプレゼントは、亡くなった大親友(A君)のご両親から頂いたプレゼントです。
就職活動中に知り合ったA君とは、ずっと以前からの知り合いの様に、何でも本音で話すことができた。
価値観や考え方が似ていて、一緒にいて全く疲れなかった。
お互い業種は違うが、希望する企業に入社することができ、配属地が離れていたものの月に1回は会い、朝まで飲み明かし、夢を語り合った。
あの日のことは忘れもしない。
深夜に母から会社の電話が入った。
その時、私はプライベートの携帯が故障しており、その事はA君にも誰にも伝えていなかった。
2週間ぐらいで直ると聞いていたし、来週にはA君と会う約束もしていたから。
「A君が亡くなったって・・・」と、母の声は力なく、しかしその声から事実である事を確信した。
しかもA君は私の配属先の駅のホテルで亡くなった。
数週間前に「上司と合わない」と彼にしては珍しく、凄く酔っ払って電話を掛けてきた事があった。
その時仕事が重なっており、「今度会う時に、全部聞いてやるから」と、少しイライラしながら電話を切ったことを思い出した。
母からの電話切り、私は自分を責めた。
おそらく彼は鳴らない私の携帯に何度も何度も電話をしたのだろう。
そして駅まで行けば、会えるのではないかと思い、新幹線に飛び乗ったのではないだろうか。
私の携帯が故障していなければ・・・。
別の連絡先を教えていれば・・・。
一日中、自分自身を責め、浴びるほどにお酒を飲んだ。
葬儀に参列した時に、初めてA君の両親にお会いした。
お母さんは、彼の棺の前で泣き崩れていた。
お父さんは、くちびるを噛締め棺を見つめていた。
うつむきながら、私はご両親にご挨拶をした。
「あなたが、Aの大親友の方ね」とお母さんは、涙を拭き精一杯の笑顔で私に語りかけた。
「いつもAから、聞かされていたのよ。本当に気が合う親友ができたって。月1回、お互いの家に泊まって飲み明かしてるんだって。今回の件、本当にごめんなさいね」と、お母さんは私に頭を下げた。
謝るのは私の方だ。
私が連絡を取れる状態にしていれば、A君は亡くなったりしなかったはずだ。
私は泣き崩れることしかできなかった。
「Aの形見です」と、お父さんが私の前に、A君愛用のライターを差し出した「君が持っていることが、何よりもAは喜ぶと思う」と、ライターを握らせてくれた。
その拳に、一滴の涙が落ちてきた時に、私はこのご両親からのプレゼントを頂くことを決心しました。
毎年の墓参りには、そのライターで火をつけたマルボロを線香の代わりに置いてきております。

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